Thank you SERVCORP!

Servcorp Japan has made a generous donation of ¥2,575,343 to RFTC Japan, supporting our mission to eliminate breast cancer as a life-threatening disease in Japan! From July to September, various Servcorp Japan offices conducted a range of distinctive breast cancer awareness and fundraising campaigns, lotteries, and product sales by the company’s dedicated staff for their […]

Palliative Care

PiNK 2021 Spring Issue (Japanese Text Only) 緩和ケアは、がんに伴う心と体のつらさを和らげます。がんになると、体と治療のことだけではなく、仕事のことや、将来への不安などのつらさも経験するといわれています。緩和ケアは、がんに伴う心と体のつらさを和らげます。 (1) がんと言われたときから始まる緩和ケア ●緩和ケアは、がんと診断されたときから始まります がんと診断されると落ち込むことがあります。また、診断を受けたときには、すでに痛みや息苦しさなどの症状がある場合もあります。緩和ケアは、そのような落ち込みや症状に対して、がんと診断されたときから始まります。緩和ケアは、がんが進行してから始めるものではありません。がんの治療とともに、つらさを感じるときはいつでも受けることができます。 図1:がんに伴う心と体のつらさの例 *日本緩和医療学会「WHO(世界保健機関)による緩和ケアの定義(2002)」定訳緩和ケアとは、生命を脅かす病に関連する問題に直面している患者とその家族のクオリティ・オブ・ライフ(QOL:生活の質)を痛みやその他の身体的・心理社会的・スピリチュアルな問題を早期に見出し、的確に評価を行い対応することで、苦痛を予防し和らげることを通して向上させるアプローチである。 (2) 緩和ケアを支えるチーム ●さまざまな専門職からなるチームが支えてくれます 緩和ケアは、基本的には担当の医師や看護師から受けますが、必要に応じてさまざまな職種の人がチーム(緩和ケアチーム)を支えてくれます。 図2:さまざまな専門職からなるチーム(緩和ケアチーム)の例 (3) 緩和ケアを受ける場 ●緩和ケアを受ける場は、大きく通院、入院、在宅療養(自宅で受ける緩和ケア)にわけられます。 緩和ケアは、全国のがん診療連携拠点病院であればどこでも受けることができます。病院では、通院でも入院でも受けることができます。また、自宅でも受けることができます。がん診療連携拠点病院以外の病院でも受けることができる場合があります。 図3:緩和ケアを受ける場合 (3.1) 通院 ●通院での緩和ケアは、がん治療のために通っている外来や、緩和ケア外来で受けることができます。 ① がんの治療のために通っている外来 がんの治療のために通っている外来では、がんやがんの治療によるつらさを和らげるために、担当の医師や看護師から緩和ケアを受けます。必要に応じて、他の専門職による支援を受けることもあります。 ② 緩和ケア外来 緩和ケア外来では、緩和ケアの専門的な知識をもつ医師や看護師から緩和ケアを受けます。入院中に緩和ケアを受けていた場合には、通院後引き続き緩和ケア外来を受診することもあります。施設によっては緩和ケア外来がないこともあります。その場合には、これまでに治療を受けたことがない施設の緩和ケア外来を受診するすることもできるので、担当の医師に相談してみましょう。 (3.2) 入院 ●通院での緩和ケアは、がん治療のために通っている外来や、緩和ケア外来で受けることができます。 ① がんの治療のために通っている外来 がんの治療のために通っている外来では、がんやがんの治療によるつらさを和らげるために、担当の医師や看護師から緩和ケアを受けます。必要に応じて、他の専門職による支援を受けることもあります。 ② 緩和ケア外来 緩和ケア外来では、緩和ケアの専門的な知識をもつ医師や看護師から緩和ケアを受けます。入院中に緩和ケアを受けていた場合には、通院後引き続き緩和ケア外来を受診することもあります。施設によっては緩和ケア外来がないこともあります。その場合には、これまでに治療を受けたことがない施設の緩和ケア外来を受診するすることもできるので、担当の医師に相談してみましょう。 ●緩和ケア病棟での緩和ケアを希望するときは、早めに探しましょう。 緩和ケア病棟には、病院内にある場合と、緩和ケアのみを行う独立型の施設の場合(ホスピスや緩和ケア病院)があります。地域によって、緩和ケア病棟のある病院の数は異なります。緩和ケア病棟に入院するために待機している人がいる場合もあるため、早めに担当の医師に相談しましょう。がん治療連携拠点病院などのがん相談支援センターでも、緩和ケア病棟の情報を得ることができます。 ・緩和ケア病棟の入院にかかる費用 厚生労働省から「緩和ケア病棟」として承認を受けた施設の場合、医療費は定額となっています。その他に、食費などの医療費以外の費用がかかります。医療費が一定額以上になる場合には、高額療養費制度を利用して、自己負担限度額までの支払いとすることができます。なお、病院の体制になどにより部屋代などの追加の料金が必要になることがあります。緩和ケア病棟の入院に必要な費用については、事前にソーシャルワーカーなどに相談しましょう。 ・ホスピスについて 「緩和ケア病棟」と同じような意味で用いられている言葉として「ホスピス」があります。緩和ケア病棟は、つらさをコントロールして、できる限り普段通りに生活することを主な目標としています。宗教家やボランティアなどがチームの一員として参加している施設もあります。しかし、国が定めた施設基準を充した施設であれば、緩和ケア病棟であってもホスピスであっても提供される医療やケアの内容、費用には大きな差はありません。施設によって入所できる条件が異なるため、各施設にお尋ねください。 ③ 在宅療養(自宅で受ける緩和ケア) 安心してリラックスできる住み慣れた自宅では、ご本人の生活のペースに合わせながら病院と同じような緩和ケアを受けることができます。在宅療養を受けるには、訪問診療※や訪問看護、訪問介護、訪問入浴などの在宅でのサービスを整える必要があります。がんの治療で通院または入院している場合には、担当の医師が訪問診療に向けて紹介状を作成し、病院の職員が訪問診療医や訪問看護ステーションと連絡を取り合って調整してくれます。一人暮らしの場合にも、これらのサービスを整えることでこれまでに近い生活を送ることができるようになります。※ 訪問診療とは、医師の定期的な訪問により行われる診療のことで、必要なときにだけ行われる往診とは異なります。 自宅で具合が悪くなったときには、訪問診療医と相談して、病院に入院することもできます。また、家族などの介護者が体調を崩したり、介護による肉体的・精神的な負担を感じたりする場合には、介護者の給食や気分転換のために、短期の入院(レスパイト入院)を受け入れている施設に入院することもできます。 安心して自宅で緩和ケアを受けるために、訪問診療医や訪問看護師と、療養の目的や希望する生活について十分に話し合いましょう。緊急時の対応方法や受け入れ先についても、あらかじめ確認しておくことが大切です。 なお、介護施設などに入所している場合でも、訪問診療による緩和ケアを受けることができる場合があります。 […]

Could our immune system be used to destroy cancer?

PiNK 2021 Winter Issue Immunotherapies – treatments that help the immune system target and destroy cancer cells – are a rapidly growing area of research. Edd Jones looks at the science behind immunotherapies and some of the exciting research Breast Cancer Now is funding. The immune system – our guardian protector Our immune system is […]

I’m worried because I’m triple negative

PiNK 2021 Spring issue 【Your Questions Answered】Breast Cancer Care’s experts answer your questions about breast cancer and its treatments. Q: I’ve been diagnosed with primary triple negative breast cancer and I’m worried there’s a lack of treatments. What are my options? A: Triple negatvie breast cancer (TNBC), which doesn’t have receptors for the hormones oestrogen […]

私たちの免疫を用いて、がん細胞を破壊することはできるのでしょうか?

PiNK 2020 Summer Issue (Japanese Text Only) 免疫療法、つまり免疫系ががん細胞を標的にして破壊するのを助ける治療法は、急速に研究が進んでいる分野です。Breast Cancer Nowから資金提供を受けて行われている免疫療法やその他の興味深い研究の背景にある科学的知見について、エド・ジョーンズが報告します。 免疫系:私たちの防衛隊 私たちの免疫系は、病気から私たちの体を守るために機能する特別な細胞、組織、器官で構成されています。 免疫系を構成する細胞は、白血球と呼ばれています。多くの種類があり、それぞれが独自の役割を担うことで、体を感染症から守ってくれています。そのうち一種類の白血球は、遭遇したウイルスまたは細菌を「食べて」粉々にし、破片を提示することで、その他の免疫系のスイッチを入れます。 また、別のT細胞と呼ばれる種類は、提示された細胞が敵か味方かを評価します。T細胞は免疫反応を誘発することで、敵に対してその他の免疫細胞を活性化させます。 このプロセスにおいて、別の種類の細胞は免疫系の記憶装置として機能し、抗体を生産します。体が以前に遭遇した危険に直面したとき、抗体がそれを認識して免疫系に対して警告を送ることで、より素早く対処することができます。 免疫療法の仕組み 免疫療法は、これらのプロセスを刺激し、免疫系ががん細胞を認識して破壊するのを助けるために、様々な方法で機能します。 しかし乳がんの免疫療法は現在もまだ研究の段階にあります。長い間、免疫は乳がんには有効ではないと考えられていました。しかし、乳がんや免疫系に関する知見が蓄積された今、その考えは変わりつつあります。 私たちが資金提供している多くのプロジェクトから、そのうちの二つをご紹介します。 安全な乳がんの免疫療法を開発する キングス・カレッジ・ロンドンのジョン・マハー博士が率いる研究チームは、安全で効果的な乳がんに対する免疫療法の開発に取り組んでいます。ジョン博士は、HER2陽性の乳がんに効果のある免疫療法を開発しました。 いくつかの乳がんの細胞には、その表面にHER2と呼ばれるタンパク質が通常より多く発現しており、このタンパク質が、がん細胞を刺激して成長させます。このタイプの乳がんはHER2陽性と呼ばれており、乳がん患者の約5人に1人はこのタイプに分類されます。 残念なことに、HER2は心臓や肺の細胞などでも見つかることがあります。そのため免疫療法がそれらの細胞にも作用し、深刻な副作用を生じる可能性があります。 ジョン博士は、免疫療法を調整することで、副作用のリスクを減らそうとしています。乳がん細胞だけに働きかける安全機能を付け加えようとしているのです。他の正常な細胞にはなく、乳がん細胞だけに存在する分子を認識する安全機能を加えれば、その分子とHER2の両方を認識できる細胞にのみ免疫療法を行えるようになります。 まずはこの安全機能を開発してから実験室で試験的に免疫療法を乳がん細胞で試し、さらにその後マウスでの試験を行います。 この研究を通して、安全で効果的な免疫療法が実現される道が切り開かれるかもしれません。 がん細胞と正常な細胞を見分ける カーディフ大学のアンドリュー・スーエル教授は、どうやって特殊なT細胞が有害な副作用を生じさせずに乳がん細胞を標的として破壊できるかを研究しています。この研究は、最終的に有望な新治療に繋がる可能性があります。 近年では、T細胞を用いた療法が、進行した皮膚がんの治療に効果があることが示されました。アンドリュー教授が率いるチームが、皮膚がんを標的とする役割を担う特殊なT細胞を発見したのです。現在は、この細胞を用いて乳がんを効果的に治療できる方法を模索しています。 彼らは、そのT細胞が正常な組織に害を与えずに乳がん細胞を標的にできることを発見しました。それだけでなく、この細胞の最も興味深い特徴として、すべてのがん患者の治療に使える可能性があるということが挙げられます。 T細胞は、HLAという分子を用いてがん細胞を認識します。この分子は人によって異なるため、T細胞療法はそれぞれの患者に合わせて個別に行う必要がありますが、アンドリュー教授のチームが発見した特殊なT細胞はHLA分子に頼らないため、より多くの人々の治療に利用できる可能性があリます。 このT細胞についてより深く理解するために、研究チームでは、この細胞がどの分子を認識してがん細胞を特定しているか、また、がん細胞と正常な細胞をどう見分けているかかを理解しようとしています。 このプロジェクトを通して免疫療法の分野を前進させ、安全で効果的かつ広範囲に渡って使用可能な乳がんの免疫療法の実現に繋げることが、アンドリュー教授の願いです。

Did night shifts cause my cancer?

PiNK 2020 Spring issue 【Your Questions Answered】Breast Cancer Care’s experts answer your questions about breast cancer and its treatments. Q: I was diagnosed with breast cancer last month. I worked night shifts for many years and read online that this could cause breast cancer. Is this right? A: For many years it was suggested that […]

Thank you SERVCORP!

Our partner, Servcorp Japan, donated 2,169,802JPY to RFTC Japan for our mission to eradicate breast cancer as a life-threatening disease in Japan. Servcorp Japan has organised charity events at their locations in Tokyo, Yokohama, Nagoya, Osaka and Fukuoka throughout the summer months to increase breast cancer awareness amongst their clients and to raise funds for […]

Ima wo Ikiru 〜Living in the Moment〜

(Editor’s Note) We apologise that there was a misspelling in Ms. Minako Tomobe’s name in the printed article. PiNK 2020 Spring Issue PHOTO: Daniel Ross In November 2019, we welcomed seven breast cancer survivors and a team of professionals for a photoshoot and interview session. They shared with us how they make the most of […]

[Survivor Story] Chieko Kato

PiNK Fall 2019 TEXT: Chieko Kato (Japanese Text Only) これが私の生きる道 〜がんになったからできること〜 私が乳がんの告知を受けたのは、41歳の秋でしたが、しこりに気がついたのは、その1年以上も前のことでした。左に硬いしこりがあり、生理になるとかなり痛みがありました。痛いのは乳がんではない。そう思い込んでいた私は不安に思いながらも、病院に行くことはありませんでした。 当時の私は仕事が忙しく、中学生の子供の受験、家事と目まぐるしい日々。自分のことを考える時間や、病院にいく余裕などはなかったのです。会社の健康診断で、マンモグラフィー検査を選択しました。初めてのマンモグラフィーで、痛みの原因がわかればいいなという軽い気持ちで受けました。 検査からほどなく、「すぐ精密検査を受けてほしい」と電話連絡がきありました。新規プロジェクトの第1回目の会議の途中でした。「すみません、私明日から出張で2週間後にいきます」と伝えたところ、「そんな時間はありません」と言われました。 上司に報告してたところ、すぐにでも検査に行くように言っていただ頂き、その日のうちに資料を取りに行きました。画像を見ると、たところキラキラと光るようなものが写っていました。「きっと石灰化に違いない。何かの間違いに決まっている」と言い聞かせ、翌日は地元の乳腺外科へ行きました。 診察室に座る間もなく、医者はマンモグラフィーの画像を見ただけで「がんがあるね。」とあっさり。「一応細胞検査をしますが、99.9%がんですね。仕事しているなら休む段取りを考えておいてね。1cmセンチくらいのがんがんだけど、あなたは胸が小さいから温存できないよ。全摘します」頭の中は真っ白になってしまい、「え?乳がん?私が?胸を取ってしまうの?」と思いつつも、「今から出張に行かなくちゃ。プロジェクトを外されたらどうしよう」と現実的なことも考えていました。 とにかく両親に謝りたいと思った私は、その足で実家に出向き、「乳がんになってしまってごめんなさい。」と泣きながら説明をしました。自宅に戻ったところ、子供たちが心配そうに待っていてくれたので「乳がんになったけれど、お母さんは大丈夫だから安心して欲しい」と話し、「これから仕事だから」とスーツに着替え、出張先に出向きました。それからは仕事の合間に、乳がんについて調べる日々。「とにかく胸を失いたくない!」その一念で必死に病院を探しました。 内視鏡が良いいいのではないか?、何とか温存ができないのか? 病院もをいくつかまわりましたが、行きました。どこの医師にも「胸より命」だと言われてしまいます。1cmしかないのだから全摘してしまえば生きられるよ。なぜ迷うのか。なぜ手術しないのか。 私はこんなにも胸を失いたくないのに、誰もわかってくれない。毎日絶望した気持ちで過ごしていました。 当時は、乳房再建が保険適用される前で、私がの住む愛知県では、再建不毛地帯と言われるほど再建手術ができる病院がありませんでした。あっても手術費用が高額で、250万円のところもありました。私は家を新築したばかりで、子供は受験生。これから高校、大学と費用がかかるのがわかっている。そして何より、いつまで生きられるかわからない私が「胸」に拘って大金を使うわけにはいかないのではないか。時間がどんどん過ぎていくことに不安もあったので、「胸は諦めよう」とそう決めて毎日泣いて過ごしていました。 治療の不安も重く圧し掛かってきます。「抗がん剤治療は辛いのか?」「仕事は続けられるのか」「胸を失ってどんな気持ちで生きていったらいいのか」ネットをで見てもブログを読んでも気持ちの整理がつけられず、乳がんを体験した人と話がしたいと思いました。聞きたいことや話したいことがたくさんありました。 そこでインターネットで患者会を探して、いくつか数カ所に連絡をとったところ、「病院の患者しか参加できない」「不定期で、いつやるかわからない」「相談には乗れない」などと、いくつか断られてしまいました。私はまた絶望した気持ちになりました。どこにも誰も私の味方がいないと、そんな風に思いました。一生がんの再発を恐れて生きるより、このまま乳がんを放置して死んでいきたいと思ったほどです。もちろん子供を置いて死ねるわけなどないのですが。 実は私は子供のころからいくつかの大病をしていますが、「死」と向き合ったことはありませんでした。大きな手術やケガを経験しましたが、自分が死ぬなんて考えたことはありませんでした。しかし、がんを患ってから「がん=死」という考えが頭をよぎることもありました。乳がんはいくら生存率が高いとはいえ、自分に当てはまらないかもしれない。いつしか、「残りの人生は人のために生きたい」と考えるようになりました。 病院を探す間も仕事は続けていました。ふと気を緩めると泣いてしまいそうでしたが、仕事に打ち込んでいるときは乳がんを忘れることができ、仕事に救われたと思っています。 また人にも救われました。ある友人は再建手術ができる病院を探してくれ、ある友人には「貯金は全部あげるから受けたい手術を受けてほしい」と言ってもらいえ、毎日のようにお守りや健康に良いと言われているものが届きました。 私の想いや、友人の想いが私を導いてくれたのか、皮下乳腺全摘同時再建ができるクリニックを受診することができました。医師は私に、「乳がんは生きられる病気。長く生きていくことができるから乳房は失わない方がいい」と言ってくださいました。我が意を得たと即座に手術を決めました。 家族や友人は、私をひやひやした気持ちで私を見守ってくれていたことでしょう。手術日が決まったときはら、皆が、涙を流して喜んでくれました。自分ひとりだけで生きているのではないと強く実感しました。 病理の結果は当初言われていた「1cmの初期がん」ではなく、2.5cmが2か所の多発性のがんだと分かりました。私はホルモン治療を選択し、リュープリンとフェアストーンを飲みました。 たかがホルモン治療と思っていましたが、副作用がひどく、自分がどこにいるかわからなくなる症状が出る見当識障害や、全身の関節の痛み、不眠、頭痛に悩まされるようになりました。特に関節の痛みが強く、携帯電話が持てずに落としたり、階段から落ちてケガをしたりすることもしょっちゅうでした。 仕事の効率が落ちていることを気付かれたくなくて必死でした。一日が終わり、家に着くと、玄関先で痛みのあまり泣いてしまいます。そんな私を見て、子供たちは「仕事を辞めたら?」とを言ってくれたこともありました。 しかし、苦しみや痛みはすぐに改善するものではありません。会社を一日でも休むと、明日から次の日はもう行けなくなるのではないかという恐怖があり、絶対に休まず行こうと心に決めていました。 会社を辞めてしまったら、社会復帰ができなくなるいのではないかという不安もありました。 その頃の、自分の体験から、患者同士が集まる場所を持ちたいと考えており、主治医に話をしたところ、クリニックの一室を貸していただけることになりました。これをきっかけに、そして、どこの病院の方が来てもよい定期的に開催される患者会を設立しました。闘病ブログを書いていましたので、 患者会を設立した際には、私の顔を見に来たと全国から大勢の方が参加してくださいました。 患者会、会社、家庭という3本柱で、毎日がさらにハードになっていきましたが、患者会に大勢の方が参加してくださり、「こういう会を待っていた」「患者会に救われた」と言っていただ頂くことが私のエネルギーとなり、よりパワーアップをしていきました。 患者会は定期的に開催をされています。(設立当時は月3回、現在は月6回)乳がんになったばかりの方も多く参加されます。どうしたらよいていいか分からず泣くばかりの方が体験者の話を聞き、気持ちを整理して前を向いていくようになります。また体験者は、自身の体験が次の誰かを救うことに気づき、経験したことが無駄じゃなかったと乳がんを受け入れていくようになります。 患者会の名前は「テッテルーチェ」と名付けました。テッテはイタリア語でおっぱい、ルーチェは光です。暗闇でどうしたらよいのか分からない患者さんたちの希望の光になりたい、という想いが込められています。 患者会には年間で延べ1,000名くらいの方が参加されるようになりました。そんな中、乳がん患者の中に未婚の方が大勢いることに気づきました。「いつか良いいい人と結婚するだろうと思っているうちに年齢を重ねてしまった」「子供も欲しいと思っていた」「結婚しておけばよかった」「結婚したかったと」と、深い悲しみの中におられるいる方が多くいます。母親同伴で来られる方も多く、お母さまが「結婚をさせておけばよかった」と泣かれます。なんて悲しいのだろう。「結婚したいという」その願いを叶えることができたらいいのに。 患者会は良くもよくも悪くも大盛況で、メールや電話での相談も毎日のようにありました。患者会がない日でも、必要であれば夜でも会いに行きました。乳房再建を知って欲しいと企画した講演会は、患者会に救われたと言ってくださった患者さんたちと一緒に開催しました。講演会などやったこともない素人の私たち。PCの使用もままならない方は教室に通ってまで尽力してくれました。それもこれもすべては患者さんたちを救いたい一念によるものです。 私は副作用と闘いながらですが、会社と家庭、患者会を運営し充実感を味わっていました。そんなとき会社から、もっとやって欲しい仕事があるから試験を受けないかと言っていただきました。願ってもいないチャンス!認めていただけたことが嬉しく、感謝の気持ちでいっぱいでした。 仕事は私にとって、なくてはならないものです。生活のためでもあり、生きがいでもあります。 もっと頑張りたい、チャレンジしたい。しかし、これ以上仕事が増えることに体力の限界を感じました。副作用も日々辛さを増しています。 患者会をやめることも考えました。しかし、がんを告知されたときの苦しみや、「患者会に救われた」と言ってくれたいう皆の笑顔が浮かんできます。亡くなってしまったがんの仲間も思い出し「もし患者会をやめたら私は一生後悔するだろう」と考えました。そこで、せっかく頂いたチャンスを蹴って会社に残るのも違うのではないかと考え、退職を決意しました。 またこの時期、副作用の痛みと不眠が限界を達し、2年で投薬を中止しました。本来であれば5年~10年の治療期間でしたので、心残りはありましたが、これ以上の痛みに耐えながら8年間を過ごすのは無理だと判断しました。 私は、起業をして結婚相談所をつくりました。がん体験者が仲人するがん体験者のための結婚相談所です。がんを体験した苦しみに寄り添い、一緒に前を向いて婚活に取り組むみサロンです。がん体験者と健常者の方との結婚。難しいように思われるでしょうか?全然そんなことはありませんでした。 むしろがんを体験したことで、人に対する感謝の気持ちや、生きていることへの感謝の気持ちを持った方々は人間的に成長していることが多く、どの方にも望まれてご結婚していきます。結婚された方々は「がんにならなかったら結婚できなかった。がんになってよかった」とおっしゃるほどお幸せになられています。 乳がんになったばかりのころは、恐怖と不安で泣いてばかりいました。人生を悲観して、いつまで生きられるのかと、そんなことばかり考えていましたが、今では、いつその時が訪れても後悔しないように、力の限りやりたいことをやって生きたいと思うようなりました。乳がんは悲しくて不幸な出来事だと思います。乳がんになって良かったとは一度も思ったことはありません。でも、「なっても良かった」と思えるようになりました。 これからも患者会と結婚相談所を通して、皆さんの希望の光になりたいと願っています。 加藤 千恵子 Chieko Kato 乳がん体験者の会 NPOテッテルーチェ理事長 […]