Thank You Kunitaro!

Our longtime Patron sponsor, Kunitaro, donated ¥500,000 to RFTC Japan to aid in our mission to eradicate breast cancer as a life-threatening disease in Japan. Kunitaro’s generous donation will help the foundation continue our educational initiatives and outreach programs to spread breast cancer awareness to more people and companies this year in 2022. RFTC Japan, […]

Thank you Latham & Watkins!

RFTC Japan’s Patron sponsor Latham & Watkins LLP has donated 500,000 yen to support Run for the Cure Walk for Life 2021. Latham & Watkins’ generous donation will help us continue to spread breast cancer awareness to people and companies throughout Japan through our educational outreach programs such as the “Hana-me” seminars and the quarterly […]

[Survivor Story] Kaori Tsukuda

PiNK 2021 Winter Issue TEXT: Kaori Tsukuda PHOTO: Sora Shimizu (Japanese Text Only) 病気はその人のパワーを取り戻すもの 「これは検査です」 「何かあるよ。」 定期健康診断で胸のエコー検査を受けているときに、突然言われました。 「すぐに紹介状書くから、このまま待ってて。検査結果をもって、すぐに病院へ行って。大きい病院だよ、わかった?」 一体、何が起こったの?毎年マンモブラフィーとエコーを受けているのに、突然こんなことがあるのだろうか。検査結果を持たされたのはいいけれど、病院のあてもなく途方にくれました。乳がん経験のある友人に相談し、病院に電話しましたが、予約が取れたのは一ヶ月先。不安な気持ちを抱えたまま、一ヶ月過ごすのか。しかしそこから、小さいラッキーの連鎖が始まったのです。 会社の総務の人にそれとなく相談したら、予約を入れた病院の提携クリニックがあると教えてくれ、電話ですぐに予約が取れました。病院のことを相談できる友人や職場の方がいたのは、本当にラッキーだったと思います。 精密検査を受け、マンモグラフィーと触診が終わった後に担当医に言われました。 「残念ですが、このままお帰りいただくことはできません。針生検をします。」 悪性の疑いがある場合、確定診断するためにマンモトーム針生検という検査があり、太い注射針で組織を採取して調べます。着替えるためにロッカールームへ入った途端、目の前が涙で見えなくなりました。手が震えて検査着の紐が結べなかった。 「結果は一週間後に本院でお伝えしますが、ほぼ悪性だと思いますので、どうするかご家族と相談してきてください。」 こう言われて病院を後にしましたが、相談できる家族もいません。 「どうしたらいいんだ ろう。死ぬのだろうか。でも、もしかしたら良性かもしれない」頭の中がぐちゃぐちゃで した。ただただ涙が溢れて、前が見えなかったのを覚えています。 眠れない一週間を過ごしましたが、幸いにも経験者の友人が数人いて、これもまたラッキーでした。検査結果は、もちろん悪性。その日にすべての精密検査の予定が組まれ、手術日も決まりました。サブタイプはトリプルネガティブで、抗がん剤治療をすると伝えられました。腫瘍が4.5cm 以上あったので、ステージは2A。画像上ではリンパ節への転移も疑われました。 フラフラになりながら会社に戻り、すぐに上司に報告することにしました。 「あぁ、クビかなぁ・・・」怖かったけれど、腹をくくりました。クビになったら、その時にまた考えよう。 「病気でもいいから、いて。」 上司はそう言ってくれました。今でもこのことを思い出すと涙が出ます。 「あなたがいつ辛くてしんどいか分からないから、伝えてほしい。」 この言葉は、気持ちをとても楽にしてくれました。辛いときは辛いと言って良いんだ。治療しながら働けるように会社の制度も変えてくれて、フレックスと在宅勤務が可能になりました。 化学療法の日は、朝8:00 前に出社し、仕事を一時間してから病院で抗ガン剤投与を受け、午後は会社へ戻る生活が始まりました。ウィークリーパクリタキセルという毎週投与を受ける抗がん剤だったので忙しいスケジュールでしたが、会社と病院は歩いて15分。これもまた小さなラッキーでした。髪は抜けましたがそれ以外の副作用はほとんどなく、働きながら治療を続けられたことも本当にありがたかったです。 毎日新しい、わたしだね 治療当時はファッションの会社にいたので、どんな服装でもオーケー。ウィッグにはまり10数個は持っていました。毎日髪型が違っても、誰も気にしません。 「ウィッグかわいい!毎日、新しいわたしだね。」 会社ビルでよく行くコンビニの店⻑さんが声をかけてくれたときは、嬉しかった。 ウィッグ、メイク、ファッション。病気だからこそ、おしゃれをする。これが私の支えになりました。メイクアップセラピストとしての活動にも幅が出ました。どうすれば顔色が良く見えてオシャレに見えるか、全て自分の肌で試していました。 仕事をしながら治療するときは、まわりに余計な気を遣わせないことも一つの礼儀だと思うし、自分への礼儀と励ましだと思います。女性は花なのだから。 追い詰められた私が思ったことは 半年間の術前抗がん剤のおかげで、最大7cmあった腫瘍は約半分の大きさになりました。私は「小さくなったから部分切除かな、それとも全摘したほうがいいかな」と、自分がどうしたいかを考えていました。 そんな中、手術の一週間前に主治医から思いがけない言葉をいただきました。 「全摘します。再建はしないよ」 頭が真っ白になりました。再建の場合、乳腺を全摘後にエキスパンダーという拡張器を挿入しますが、それはしないと言われました。追い詰められた私は、手術を受けないことも 考えましたが、私を良く知る友人たちは「あんたらしいね。でも生きてほしい」と願ってくれました。 私はどうしたいんだろう?何度も自分に問いかけました。生きていくからこそ、胸を失いたくない。再建したい。後日、主治医に時間をいただいて思っていることをぶつけました。 「どんなに私が努力しても、もうどうにもならない。」 そう言って、主治医の前で初めて泣きました。 「分かった、再建しよう。ちゃんとするから、まずは治そう。」 なぜ部分切除ではだめなのか、乳頭乳輪は残せないのかを説明してもらった結果、私でも同じ判断をしただろうと納得しました。思っていたより病状は深刻で、主治医が熟考して出した結論だということも理解できました。正直に思いをぶつけた結果、主治医は受け止めてくれてギリギリまで譲ってくれた。自分の思っていることを伝えるのは大切だと実感しました。この決断は、のちに最善の選択となったのです。 […]

[Event Report] Run for the Cure Walk for Life 2020

PiNK 2021 Spring Issue Between Friday, December 4 and Monday, December 7, 2020, we held our Run for the Cure/Walk for Life 2020 (RFTCWFL) charity event. Now in its 18th year, the annual event is simple, but fun: participants donate ¥5,000 to enter, and then run or walk their selected event (10km run, 5km run […]

Thank you Aflac Japan!

Our longtime supporter and Gold Sponsor, Aflac Japan, donated 1,000,000JPY to RFTC Japan to support our mission to eradicate breast cancer as a life-threatening disease in Japan. In the face of the Covid-19 pandemic, Aflac Japan continues to support the Foundation’s initiatives through supporting our charity events, and hosting online breast cancer seminars for their […]

Thank You Kunitaro!

Our Patron sponsor, Kunitaro, donated ¥500,000 to RFTC Japan to aid in our mission to eradicate breast cancer as a life-threatening disease in Japan. Kunitaro’s generous donation will help the foundation continue our educational initiatives to spread breast cancer awareness to more people and companies this year in 2021. RFTC Japan, and those who benefit […]

[Survivor Story] Eri Yoshida

PiNK 2020 Summer Issue TEXT: Eri Yoshida PHOTO: Dai Tsukamoto (Japanese Text Only) 偶然をチャンスに変える生き方が好き 小さな異変 あれ、左胸に小さなしこりがある。44歳の時、お風呂に入っていてプクッとした5~6ミリのふくらみを見つけました。触っても痛くないし、小さいし。そのうち無くなるかな?と様子を見てみましたが、そのふくらみは消えませんでした。そういえば、子供を出産して10年近く検診に行っていないなと思い、念のため病院で診てもらうことにしました。 その病院には乳腺外科専門医がいらっしゃいました。何の知識もなく病院を訪ねたので、専門のお医者さんがいるんだ、良かった!と思いました。マンモグラフィック、エコー、レントゲンを撮り、その日のうちに結果を聞くことになりました。医師からは、悪性のしこりではなく、脂肪が固まったもので、将来、悪性になることはないと告げられました。私は「良かった、大したことなくて」と胸を撫で下ろしたのでした。 それからあっという間に一年半が過ぎ、子供も小学5年生となり、手が離れて時間がとれるようになったので、ヴァイオリンの講師と演奏活動に力を入れ出し、多忙な日々を送っていました。しかし、夏休みに家族で旅行へ行った時、なんだかとても体がだるく、夜も眠れないくらいの疲労感に襲われました。家に帰ってきて体調は戻りましたが、何か自分の体に異変が起こっているように感じたのです。 左胸のしこりが大きくなり、左脇にも膨らみがあることにも気が付きました。 その時「乳がん」という言葉が頭をよぎったものの、悪性にはならないという診断を信じ込んでいたので、「いや、大丈夫。でも脇のしこりは何?」と心に影を落としたまま秋を迎えたのでした。 9月の46歳の誕生日のとき、このまま不安を抱えていてはいけない、きちんと診てもらおうと心に決め、乳腺外科専門の診療所に予約を取りました。10月1日、子供の手を引き、楽観的な気持ちと大きな不安を両方を抱えてえ診療所に向かいました。左胸のしこりは大きくなり痛みもあったので、マンモグラフィを撮るのがとても辛かったのですが、良性の腫瘍と思い、心配はしていませんでした。いや、そう思いたかったのかもしれません。名前を呼ばれ診察を受け、私の目を見て先生は仰いました。 「まだ細胞診をしていないから、こんなことを言うのはまだ早いのだけれど、大きな病院でショックを受ける前に言っておくね。僕は多くの乳がん患者さんを診てきた。あなたの左胸のしこりは悪性腫瘍、つまり乳がんの可能性が高い。脇のリンパにも転移していると思う」 青天の霹靂とはこのことね、と頭に浮かんだまま、思考が停止しました。何で?悪性にならないって言ったよね。小さいしこりが小さいのうちに病院で検査したのになぜ?悲しいというより悔しい気持ちが心を襲いました。 「何で?悔しい」と涙をこぼしながら言うと、 「気持ちは分かる。でも今一番にやらないといけないの事は詳しい検査だ。体の他の部位に転移していないか一日も早く調べる事だよ」そして「大丈夫、必ず平和な生活に戻れる。仕事も出来る。諦めちゃだめだ」 先生の畳みかけるような言葉を聞き、これは本当に大変なんだ、命がけなんだ、と感じたのです。 検査 設備の整った病院を紹介していただ頂き、3日後には本格的な検査を始めていました。細胞診、CT、MRI、血液検査を受け、乳がんの説明も丁寧にしていただきました。 乳がんには色々な種類があること。行の度合いや種類によって治療が違うこと。抗がん剤治療を先に行うと腫瘍が小さくなる可能性があることなど。一番私を前向きにさせてくれたのは、抗がん剤の治療をしながら仕事が続けられることでした。「是非、働いて」と先生は言ってくださいました。仕事は続けられる、少し辛いけれど頑張ろうと希望を持ったのです。 新たな壁 細胞診とCTの結果を聞くため、外来を訪れました。その時の不安な気持ちは今でも忘れられません。他の部位に転移していたらどうしよう。助かるだろうか?恐ろしくてその場を逃げ出したくなりました。診察室に入った時、先生の顔が強張っているのが分かりました。私は恐るおそる椅子に座り、先生は口を開きました。 「これを見て下さい」 CTの画像が写り、お腹の中だとわかりました。体の真ん中に大きなものが見えます。胃だろうか、と思っていると、 「この白い物、体の中にあってはいけないものなの。本来、お腹の中にないものが写っているの」 えっ!こんなに大きくハッキリ写っているもの、内臓ではないの? 「腫瘍だと考えられます。多分血液のがん、悪性リンパ腫ではないかと」 血液のがん?乳がんを検査していて他の種類のがんが見つかったのです。私の心は凍り付きました。 「あとどれくらいで死にますか?」その言葉しか出てきませんでした。 「それはまだ早い。調べましょう。明後日から検査入院して」と先生に伝えられましたが、人間は大きなショックがあると、それを受け止めるのに時間がかかるのですね。「仕事があるのですが」と答えていました。「仕事と命、どっちが大事?」と言われても、悪いことが次から次へと起こり、気持ちがついていかない。 気が付くと、廊下で友人に電話をかけていました。仕事を代わってもらえるように頼み、病院での経過を話し終えると、涙が止まらなくなりました。私、だめかもしれない。電話の向こうで「大丈夫だから、きっと大丈夫」という声が遠くから聞こえたのでした。 涙を拭いて 検査結果は、乳がんがリンパ節まで転移し、ステージⅢB。悪性リンパ腫はお腹の腫瘍を取り、もう一度細胞診をしなくてはならず、左胸全摘とお腹を切る手術を同時に受ける事になりました。 手術は5時間あまり。術後に目を覚ますと、医師から「大丈夫。ヴァイオリンは弾けるから」と言われ、ほっとしました。良かった。しかし、全摘した左胸を見ることがはなかなかできませんでした。体を拭く時、自分の体がどうなったのか改めて確認しました。そして、失った左胸のことは、今は考えないようにしよう。これからの治療を乗り越えることだけを考えよう。後ろは振り返らず、前だけを見て進もうと心に決めたのです。 抗がん剤治療 悪性リンパ腫はステージⅣA。骨髄に転移していました。しかし運の良いことに、悪性リンパ腫で使用する抗がん剤と乳がんで使用するものとがほとんど同じ薬だったのです。R-CHOPという治療でした。この抗がん剤治療で両方のがん癌を治せる。しかし、一種類の錠剤を含める4種類の抗がん剤と吐き気止めの点滴を一日で打つのに6〜7時間かかります。朝一番に病院へ行き、病院の電気が暗くなったあと、一番最後に帰るというスケジュールを21日に一度、合計で8回行いました。 副作用は様々な症状がありました。脱毛、吐き気、下痢、便秘、味覚障害、むくみ。体が鉛のように重だるくなり、思うように動けない。水を飲むと変な味がして飲めなくなり、一回抗がん剤を打つごとに体力と、気力が奪われていきました。 髪は抜けることがわかっていたので、治療に入る前にベリーショートにカットしました。大変だったのは抜けた髪の処理。枕や衣服に着いた髪紙をコロコロころころで取るのも体がだるくて時間がかかりました。でも、頭がスキンヘッドになると「この頭もカッコいいかも!」と結構気に入っていました。あるアメリカの映画で主役の女優さんがスキンヘッドにしていたので、女優気分! ウィッグもお洒落な髪型にしたくて、ネットでファッションウィッグを購入しました。人生初ロングヘアに挑戦したのです。カールの入ったふんわりロングを楽しみました。帽子も好きだったので、キャスケットやベレー帽をかぶって気分転換しました。少しでも体が動く時は料理をしたり、DVD鑑賞をしたり、かなり前向きに気持ちを持っていたと思います。そんな私も8回目の抗がん剤を打つ頃には、ほとんど起き上がれず、死ぬことを考え、何も出来ずソファに横たわり、窓から見える抜けるような青空を見つめるだけの日々になりました。体力がなくなると泣くこともできないんだと、すっかり元気をなくしていたのです。 重なる副作用 R-CHOPが終わり、乳がん治療のための抗がん剤が一種類残っていたので、すぐに4回打ちました。R-CHOPからみたら副作用も軽く楽だとほっとしていたら、だんだん背中が痛くなり、一時入院となってしまいました。この痛みは全身を襲い、数年間取れず、一番辛い副作用となってしまいました。痛み止めを服用しながら放射線治療を約一カ月間毎日通い、私のがん治療は一段落しました。検査でがんが見つかってから一年以上が経過していました。 健康な体へ 幸い乳がんの転移は見られず、悪性リンパ腫の腫瘍もほとんど消えていました。その後はホルモン剤を飲むだけとなりました。ホルモン剤は食欲がなくなるという副作用がありましたが、これは食生活を見直すきっかけとなり、高たんぱく質、栄養価の高い、体に優しく胃に負担のかかりにくい食品を摂るよう心がけました。病気になったことは心身ともに大変な負担がかかりましたが、自分の生活スタイルを見直すきっかけになったと思います。 子供へ がんが見つかって治療以外で大変だったのは、子育てです。私がお世話になった病院には「チャイルドサポート」というシステムがあり、子供に合わせて親の症状を子供自身に説明し、心のフォローをしていただきました。 治療前は病院の手続き、入院準備や検査、保険会社への書類作成等、目の回るスケジュールだったので、子供と向き合うというのは大変なことでした。何と言って伝えようか、ショックを受けないかと心配でたまりませんでした。しかし、伝えるということは一番大切なことだと思います。第三者から伝えてもらうということは、自分自身が感情的なになった状態で子供と話すより、プロが言葉を選んで話していただく方がお互いの為にとてもよかったと感じています。検査入院の時すぐに担当の方が来て下さり、本当に心強かったです。 […]

Thank you Aflac Japan!

Our sponsor, Aflac Japan, donated 1,350,000JPY to RFTC Japan to support our mission to eradicate breast cancer as a life-threatening disease in Japan. Aflac Japan also supports the Foundation’s initiatives through sponsoring and participating charity events, and hosting breast cancer seminars at their Shinjuku, Chofu, and Osaka offices for their staff members. Aflac Japan’s donation […]

Thank you New Balance Japan!

Our partner, New Balance Japan, donated 2,474,660JPY to RFTC Japan to support our mission to eradicate breast cancer as a life-threatening disease in Japan. New Balance Japan also supports the Foundation’s initiatives through providing official T-shirts our charity run event “Run for the Cure / Walk for Life”, participating in charity events, and hosting breast […]

Ima wo Ikiru 〜Living in the Moment〜

(Editor’s Note) We apologise that there was a misspelling in Ms. Minako Tomobe’s name in the printed article. PiNK 2020 Spring Issue PHOTO: Daniel Ross In November 2019, we welcomed seven breast cancer survivors and a team of professionals for a photoshoot and interview session. They shared with us how they make the most of […]