Delicious Western Food with Spring Ingredients “Watercress Potage”

A refreshing potage packed with plenty of delicious spring vegetables PiNK 2019 Spring p.14 67 kcal per person Cooking time : 25 minutes (Excluding cooling time) Ingredients for 6 people Watercress 100g Cabbage 200g Onion 100g Butter 20g Salt A pinch [A] Water 2 cups chicken bouillion (solid)  1/2 cube Milk 1 cups Salt and pepper As […]

[J-TOP Interview] Dr. Nakashima

(Japanese Text Only) RFTC Japanは、日本におけるチーム医療、病理、そして放射線医療分野の発展に寄与するべく、2016年からJ-TOP(Japan Team Oncology Program)の支援に携わってきました。この支援によって、テキサス大学付属MDアンダーソンがんセンターで5週間の実施研修をするJME (Japan Medical Exchange) プログラムに、病理医と放射線診断医の参加が実現しています。 『J-TOPインタビュー』は、支援を通してJMEに参加された先生方を取材していく企画です。 今回インタビューに応じてくださったのは、放射線診断医であり、がん研有明病院 画像診断部 乳腺領域担当部長の菊池真理先生。ご自身の専門分野、研修からの学び、ビジョンについて聞きました。 ーー中島先生がどのようなことをされているのかを教えてください。 放射線診断医をしています。 CTやMRIなどの検査画像を診て診断するのが主な仕事で、今勤めている静岡がんセンターでは、日本で唯一乳腺画像診断科という乳腺に特化した画像診断の部門にいます。頭やお腹などの全身の検査画像も診断しますが、メインはマンモグラフィや乳腺の超音波、MRIなど、乳腺に関する画像を診て診断をしています。また、外来があるので、患者さんと話をしたり針生検をしたりして診断をつけるというところまでが我々の仕事ですね。乳がんと診断がついた患者さんは、乳腺外科や内科の先生に次の治療を依頼するということになりますし、もし良性病変であり画像で経過を見てもよいという方であれば、そのまま外来で定期的に様子を見るという方もいらっしゃいます。 ーー中島先生は針生検までご担当されているんですね。 そうですね。うちは特殊で、 超音波で見ながら乳房に針をさして診断するというのは、日本では乳腺外科医がしていることが多いんですよ。アメリカでは放射線科医がしているので、アメリカ式かもしれません。一番のメリットは、画像を我々がみて診断し、必要な病変に対して針生検をして診断するという一連の流れでするので、正確性が増すことです。このほうがいいだろうと私は考えていますが、放射線科にマンパワーがないので、なかなか日本のどこでもそれができるわけではないと思います。 ーー今、日本ではどのぐらいの放射線診断科医がいますか? 放射線診断医は少ないです。おおざっぱにいうと、アメリカでは約4万人近く放射線診断医がいますが、日本では5000人ぐらい。アメリカの人口は日本の2.5倍ぐらいですが、それを考えても少ないですね。放射線診断医の仕事というのは、機械の進歩と密接に関わってますので、例えば、20年前は1人の患者さんにつき数十枚のCTの画像を見ていればよかったのが、今では、機械の進歩のおかげで、細かく見ようと思えば何百枚とか、ときには何千枚という検査画像がすごいスピードで出てきます。機械の進歩とともに検査の精度と速さは増したけれど、放射線診断医の増加というのは微々たるものですから、人が少ないことに加えて圧倒的に仕事量が増えている、というのが放射線科医の状況です。さらに、乳腺を専門とする放射線科医は少ないんですよ。そこを一生懸命増やそうとしているような感じですね。 ーーどのようなきっかけで、放射線科医の道に進もうと思われましたか? もともとは脳神経に興味があって。神経内科医になりたかったんですよね。でも卒業する年に放射線科医の医局長をしていた先生と知り合ったのをきっかけに入ったという感じですね。放射線科に入った後も脳神経の方に興味があって、 大学院のときも脳神経領域の画像の研究をしていたので、乳腺を専門にするというのは思ってもいませんでした。 ーーどのようなきっかけで、乳腺に特化するようになりましたか? 乳腺は放射線科医が見る臓器の一つだから、勉強をして試験を受けた方がいいと思ったのがきっかけでした。それまではマンモグラフィを見ることもほとんどなかったのですが、真面目に勉強して試験を取ったら、まぐれで良い成績だったんです。そうしたら、 マンモグラフィや超音波など乳腺画像の仕事が僕に回ってくるようになり、責任が生じたことで更に勉強したり、 学会に行ったり、自分で研究して発表したりしてるうちに、おもしろくなってきたんですよね。これを繰り返しているうちに仕事の中の乳腺の比重が大きくなった感じです。さらに、これからの放射線診断医に指導するために研究の手法や臨床についてもっと学びたいと思い、4年前に静岡がんセンターに来て乳腺画像診断科に入ってからは他のことはだいぶ犠牲になった部分はありますが、何かを選ぶということは何かを捨てることと思って納得しています。 “日本では見られないものを見て驚くところもあったし、このやり方でいいんだと安心するところもありました” ーーJ-TOPについても聞かせてください。どのようなきっかけでJ-TOPを知りましたか? 菊池先生から直接話を聞いたのがきっかけでした。残念ながら放射線診断医でJ-TOPのことを知ってる人はすごく少ないんですよね。自分もそうですけど、菊池先生から聞くまで全く知らなかったんです。聞いてすぐに2018年のJ-TOPのワークショップに行き、その夏にはMD アンダーソンがんセンターに行ってますから、 展開が早かったです。本当に濃密な一年間でしたね。 放射線診断医というのは特殊で、下手したら画面を見ながら人とほとんど話さず一日が過ぎていくこともあるんです。もちろんある程度の連携は取ることはあっても、自分から積極的に発信したり、放射線診断医が中心になって何かをしようとすることは少ない科なので、J-TOPが掲げる「多職種チーム医療」に積極的に取り組もうというのはすごく新鮮で、あまり放射線科が関わってこなかったところだなと思いました。 ーーJMEでの5週間の中で、中島先生にとって印象的だったことをお聞かせください。 手術した後、ちゃんと腫瘍が取れているかどうか写真を見ながら外科医や放射線科医、病理医 がその場でディスカッションをしているんですよね。 日本の通常の方針からすると考えられないというか、発言するのは責任を伴うところがありますから、MDアンダーソンの放射線科医が積極的に発言しながら臨床に関わっていく姿勢にすごく感銘を受けましたね。ある程度の責任とリスクを負わないと、他科の信頼・連携は生まれにくいと思いました。 読影について何回か見学もさせてもらったんですけど、次から次に担当医が意見を聞きに来るのも印象に残りましたね。 私がいる乳腺画像診断科は日本では特殊な科なんですが、MDアンダーソンのbreast radiologistと仕事の範囲が似ていたので 直接参考になったこともありました。日本では見られないものを見て驚くところもあったし、自分はこのやりかたでいいんだと安心するところもありました。 ーーぜひ具体的に教えてください。 画像の見方や、針生検の仕方、手技の際、 正確性や安全性は同じところに気をつけてやっているんだなと思いました。一つあげるとすると、アメリカでは、多施設研究をして誰でもできる普遍的なやり方を求めるのに対し、日本では職人的なところがあるなというのを感じました。職人的というのは技術は高いけれども、逆に言うと他の人には同じことがなかなかできないですよね。だから、日本は画像診断の領域で多施設研究を行うことがまだまだ少ないので、普遍的にできるやり方で、それでいて良いものを見つけていくために研究をしたり発信したりしたいな、というのを向こうに行って思いました。 “なにか明るく発信できたらいいな、と思っています” ーー次世代を教育していきたいという言葉が印象的だったので、もっと聞かせてください。 乳腺を専門に診断できる放射線科医を増やしていきたいんですよね。そのために、地道に声をかけたり、研究していることを社会に発信したりすることで、興味をもつ放射線診断医が増えたらいいなと思ってます。やっぱりエネルギーがあるところにしか人は集まってこないと思うんですよね。今年、実は乳腺を専門にしたいという放射線診断医が新しくひとり入ってくれました。静岡がんセンターには、せっかく乳腺画像診断科という専門科があるので、たくさんの若い人を受け入れて指導できる施設になればいいなと思っています。 ーー中島先生にとっての放射線科医の魅力はなんですか? もともと放射線科医になったのは画像が好きだったというのがあるんですけど、画像診断は医療の中心にあると考えていますので、最新の機械をあつかい直接利用触れしながらそこで仕事ることができるというのが魅力であります。 また、放射線科医はアメリカだと「doctor’s doctor」という言われ方をされたりしますが、患者と話すことは少ないのですが医者と話すことが多いんですよね。患者さんの担当医にと意見を交換したりアドバイスできたりするというのもありますし、わたしは乳腺に特化しすぎてしまいましたが、放射線診断科医は全身を診られるというのも魅力かもしれませんね。 […]

[J-TOP Interview] Dr. Kikuchi

(Japanese Text Only) RFTC Japanは、日本におけるチーム医療、病理、そして放射線医療分野の発展に寄与するべく、2016年からJ-TOP(Japan Team Oncology Program)の支援に携わってきました。この支援によって、テキサス大学付属MDアンダーソンがんセンターで5週間の実施研修をするJME (Japan Medical Exchange) プログラムに、病理医と放射線診断医の参加が実現しています。 『J-TOPインタビュー』は、支援を通してJMEに参加された先生方を取材していく企画です。 今回インタビューに応じてくださったのは、放射線診断医であり、がん研有明病院 画像診断部 乳腺領域担当部長の菊池真理先生。ご自身の専門分野、研修からの学び、ビジョンについて聞きました。 ーー菊池先生がどのようなことをされているのかを教えてください。 私は画像診断専門医をしています。基本的にはCTやMRI画像より全身を診断するのですが、専門分野は、乳腺(ブレストイメージング)です。マンモグラフィーや超音波、MRIなどの画像を見て、どこに異常があって、考えれる病名を挙げ、次にどうしたらよいのかというレポートを書きます。 マンモグラフィ検診をして異常があったら、超音波検査で良性か悪性かを見極めます。悪性が疑われる場合には針生検が行われます。それによりがんと判明した場合、手術ができるかどうか、部分切除になるのか、全摘になるのか、あるいは化学療法を行うのかの判断が必要になります。その判断材料として、腫瘍の広がりを見るためにMRIをります。 これらの画像診断を総合的に判断して、がんの広がりや転移など必要な情報をレポートとして起こし、それを外科や腫瘍内科の先生などに情報提供をする縁の下の力持ち的な役割をしている医者です。   ーーどのようなきっかけで、乳がんを専門的に見るようになりましたか? 前任地である国立がん研究センター中央病院(以下、「国がん」)にくる前は、9年ほど聖路加国際病院(以下、「聖路加」)で働いていました。 自分の専門を何か持ちたいなと思っていた時に、たまたま聖路加に移りました。 聖路加では乳がんの手術も多く、乳腺の症例も多くありました。大学にいた時はマンモグラフィもほとんど読影経験がなく、乳腺について全くの素人だったのですが、関わっているうちに病理と外科と放射線科の先生が協力してカンファランスをしているのを見て、すごく良いなと思ったのがきっかけです。 乳がんの患者さんも増えているし、専門にするなら、乳腺がいいなとその時に思いました。読影だけをしていると、あんまり他の科の先生方との接触がないのですが、カンファランスを密に行うと、他の先生方との連携が生まれるんですよね。お互いの分野から自分の意見を言ったり、質問をしたり、されたりという双方向性の関係と連携にやりがいを感じています。   ーーカンファランスとはなんですか? カンファランスは、患者さんの症例を検討するために関連する医療従事者が集まってするミーティングのことを指します。 例えば、手術前カンファランスでは、みんなで症例を一つひとつ見直します。検査の結果と手術のやり方がちゃんと一致しているのか、注意点はどの点か、などの細かいことをみんなで情報共有してから手術に臨んでいます。 また、術後カンファランスも行っています。手術後しばらく経ってから、手術や病理の結果、経過報告などをみんなで情報を共有して、今後の診療に役立てるために集まります。   ーー検査の件数はどのぐらいやってますか? 現在の勤務先であるがん研有明病院(以下「がん研」)は日本で一番乳がんの手術を行っているところなので検査の数もすごく多いです。マンモグラフィだと検診と診断を合わせて一日おおよそ100件近く撮影しています。 また診断MRIは、がん研が日本で一番多くの件数の撮像をしています。 “いろいろと勉強になったな、違う世界を見たなと思いました” ーーJ-TOPについても聞かせてください。どのようなきっかけでJ-TOPを知りましたか? 2017年に国がん腫瘍内科医の下村先生から、J-TOPというのがあって、今年初めて画像診断の先生を募集することになったから応募しませんか?と紹介されたのがきっかけでした。 その年のワークショップに行き、夏のJME(Japanese Medical Exchange program. 以下、「JME」)に行きました。   ーーJMEに参加された感想をお聞かせください。 JME最後のレポートでも書きましたけど、私は多職種で一緒に何かをするといった、チームについてあまり考えたことがなかったんですよね。放射線科医は部屋にこもって作業をすることが多いので、MDアンダーソンに行って、こういう世界があるんだと思いました。いろんなことを考える非常に良い機会になったと思います。   ーーJMEではどなたがメンターでしたか? ペトロス先生という女性の先生で、彼女も画像診断医で乳腺を専門にやっていました。ジャニス先生にもたくさんのことを教えてもらい、いろいろと勉強になったな、違う世界を見たなと思いました。 “リスク評価に分けて検診の内容を分けるというのは、とても良いシステムだと思いました” ーーJMEでの5週間の中で、菊池先生にとって印象的だったことをお聞かせください。 仕組みの違いが印象的でした。日本と全然違う仕組みでした。 まず、保険制度が違うので、日本では当たり前のようにやっている検査をしていなかったりするんですよね。一番違ったのはMRIでした。 日本だと、乳房のMRIは自己負担額が大体1万円ぐらいですよね。日本では手術の前にMRIをほとんどの症例で撮るんですけれど、MDアンダーソンは、ほとんどマンモグラフィーと超音波で済ませていました。そのかわり、針生検は日本より多くしていました。 針生検をそこまで詳細にする理由は、広がりの診断を日本でやるようにMRIでしないからなんです。なんでしないのかと思っていたら、MRI検査費用がアメリカでは日本とはけた違いに高額であることが最大の要因であることがわかりました。針生検や術中病理診断をたくさん行う分、病理医の先生も国がんやがん研より多くいました。 […]

[Survivor Story] Yukiko Ohta

(Japanese Text Only) キャンサーギフトという言葉はがんになったからこそ得られたものという意味で使う言葉です。告知から2年経ち、気が付いたら、今がんになったからできるようになったこと、出会えた人、新しい視点がどんどん増えていたことに気がつきました。 私のがんが発見されたのは2年前の3月の終わりのことです。それまで育児で仕事を離れていましたが、再び仕事を始めたのをきっかけに検診を受けた時でした。最近少し貧血のような倦怠感があって、この際一度色々と調べてみようと思い、エコー・マンモグラフィーの検査をしました。その3日後、携帯に電話がかかってきました。 「胸にあきらかなしこりが見られるので、至急入院ができるような大きな病院へ行ってください」 次の日、紹介状を持って病院へ行くと、先生がエコーの画像を見ただけで「悪性ですね」と判断されました。腫瘍がかなり大きいとのこと、至急その日から受けられる検査を全て入れてくださいました。 私はそれまで風邪もほとんどひかず、自分自身の健康体を自負していたので、本当に「まさか私には」という心境。頭の中が真っ白になりその日どうやって帰ったかも思い出せないような心境でした。夫と息子がいるのですが、その日2人には何も伝えられませんでした。 ” 私はそれまで風邪もほとんどひかず、自分自身の健康体を自負していたので、本当に「まさか私には」という心境 “ ちょうど小林麻央さんの乳がんがテレビで報道されているタイミングで、辛辣な心境を抱いていたさ中、まさか自分が同じ病気に・・・。子供がまだ小さいのにどうしよう。当たり前のようにこの先もずっと続くと思っていたものが急に見えなくなったような気がしました。 状況を夫に話せたのはそれから2日後でした。明日から4月、新しい職場へ出勤するために準備していた夫にこのような話をすることも心苦しかったのですが、 「どうやら がんみたいなんだよね・・・。それも結構進行しているようで」 その時夫は、実父をがんで亡くしている経験もあってか意外にも平然とした口調で「まだそんなに進行しているようには感じない、危惧しても仕方がない」という動じない姿勢だったような気がします。治療中もその姿勢は変わらず、いつもとさほど変わらない生活を過ごせていたことで私自身も平常心を保てたように思います。 その後、義理の母に相談した際には「義理母ぐらいの年代になると、がんに限らずみんなそれぞれ何かしら持病のようなものをもっていたりする、今は医療も進んでいるし、そんなに心配しなくてよい」と応援してくれました。ただ息子に対してはどうしてもまだ「がん」ということを伝えることができず、その後も長い期間を過ごしてしまいました。 “治療中もその姿勢は変わらず、いつもとさほど変わらない生活を過ごせていたことで私自身も平常心を保てたように思います” その間に針生検の正式な結果をいただき、結果は「浸潤性乳管癌 ホルモン陽性 Her2陽性 ステージ3」というものでした。病院から以下のような標準治療を提示され、 まだ根治を目指せるという希望を与えられました。 ・化学療法 AC×4回 ・合間にジーラスタ投与 ・化学療法 パクリタキセル x 12回 ・分子標的治療薬 ハーセプチン術前x 12回 ・全摘手術 入院11日間 ・放射線治療×30日 ・分子標的治療薬 ハーセプチン術後x 18回 ・ホルモン治療5年 (処方薬名 ノルバティクス)』 その後、がん治療を専門とする病院へ転院し、化学療法から治療がスタートしました。化学療法にあたっては、脱毛をはじめ様々な副作用についても、最初は不安ばかりがつのっていました。 友人の中にもまだがんになった人を知りませんでしたし、両親もがんとは無縁。自分がこの先どのようになるのか具体的に想像できるのは、ドラマや映画などに出てくる入院による抗がん剤のイメージや死のイメージでした。すぐそばに同じような経験をしている方がいて、その人が治療をしながらも自分らしく生活ができている様子を知っていたら、ここまでの不安はなかったのかもしれないと今では思いますが、この時は急に自分だけが別世界に入り込んでしまったようなそんな孤独感がありました。がんになって良いことなんか何もない、そんな心境でした。 そんな中ついに、治療がスタートしました。 ACといわれる化学療法を3週間おきに4回投与する治療は、倦怠感と吐き気、肌の黒ずみ、脱毛があり、体調的にも精神的にも一番大変な治療でした。さらに免疫が下がり過ぎるのを防ぐため、翌日にジーラスタという注射を打ちに行く通院が一番体力的にも辛かったです。感染症を気にして、外出もなるべく控えたりしていました。 最初はそのようにびくびくしながら生活していましたが、続くパクリタキセルとハーセプチンという化学療法は、手足のしびれはあるものの、さほど倦怠感もなく、慣れとともにだんだんと日常の生活ができるようになっていきました。付き添いがなくても通院の電車で気分が悪くなることもありませんでしたし、その後、化学療法をしている方には仕事と両立している方もいることを知り、最初に抱いていたイメージとは異なり、化学療法といっても日常生活を普通に送れるものだという自信が湧きました。 半年に及ぶ術前化学療法が終了し、検査をおこなったところ、腫瘍は0.03mmにまで縮小しほぼ消滅といわれました。 自分の身体の中のがんが縮小していく体験をしたことで、現在の医療や周囲の方への感謝の気持ちを持つことができました。私自身は何をしたわけではなく、多くの方が関わってくださり、支えてくださり、医療を提供してくださったことで、再び希望を与えていただいた体験でした。 その後の手術、放射線治療、化学療法を終えるころには、最初に感じていた、がんになってよいことなんか何もないという心境から、多くの感謝の気持ちを抱けるようになっていました。 しかし治療をする中で、ネックとなっていたことは、そのころ低学年だった子供にがんをどう伝えたらよいかということでした。このことに悩んでいたときに CLIMBというプログラムに参加させていただき、この中で同じ境遇の人たちとの多くのつながりができました。 テレビでがんのことが報道されていたタイミングでもあり、私は子供と少し前にがんについて質問をされ、何の気なしに、「がんは怖い病気」というような話をしてしまっていたところでした。まさかそのがんになってしまったということを伝えたら、子供に大きなショックを与えてしまうのではないかと思い、私は治療中ずっと「がん」という言葉を伏せ、「ポリープ」とし、うやむやにして過ごしていました。 いつか必ずわかることだし、隠すのはよくない。ただどう伝えたらショックを与えないか、よくわからなかったというのがあります。 プログラムに参加する中で、子供に隠すことの弊害を知りました。子供にきちんと話し、協力を仰ぐことで、彼らには思っているよりも受け止める力があることを教わり、伝える前に比べ、伝えた後の方がとても楽になりましたし、子供自身も協力的になってくれました。 プログラムには、同年代の同じような悩みを抱えた方が来ていて、親同士も子供たち同士もまた同じ境遇であることからすぐに打ち解け、心境や悩みを共有する場を持つことで気持ちが前向きに変化しました。 一言でがん患者といっても本当に様々で、子育て世代で同じような状況の人に相談したいと思っても、出会える機会を見つけるということは本当に難しいのですが、つながることができたのはとても貴重な時間になりました。この時の出会いから、『MotherForest』という名前の患者会をつくって、新たにがんになった方へ共有の場を提供し続けています。 “彼らには思っているよりも受け止める力があることを教わり、伝える前に比べ、伝えた後の方がとても楽になりました“ キャンサーギフト(がんになったからこそ得られたもの)という言葉を知ったのもこのころですが、確かに、気が付くと、がんになってから出会うことができた人、新しい視点、機会がどんどん増えていました。身体が、がんにむしばまれていったとしても、かわりに増えているものがあるなら、なんとなく安心します。「失うものばかりではなく、悪いことばかりでもない」 このことに気が付けたのは、こうしたつながりの場で周囲の方に身をもって教えていただいたからでした。 このように、私にはがんになってからの出会いから得たキャンサーギフトがいくつかあります。一つ目は、MotherForestをはじめ、同病の方とのつながりでした。告知を受けた時は一人だけで戦っているような気がしましたが、気がついたら多くの方が同じ方向に向かって走っていたということに気づきました。そしてこれからも5年~10年とがんと向き合いながら過ごしていく中での同志を得たと勝手ながら思っています。 二つ目は、ご縁があって、がん患者のつながるアプリtomosnote開発責任者のAFLACの田中麻衣さんに、患者という目線からご協力をさせていただく機会に恵まれたことです。こちらを利用する中でも、つながることによって多くの安心や励まし、心の余裕、時間を得るという体験ができました。 今はネットでどんなことでも調べられる反面、どれが正しい情報なのかわかりづらく、告知後の最初の段階で信頼できる情報へたどり着けることがとても重要だと思います。がんになってしまった方を支えようと、日々試行錯誤してくださっている方々がいることに勇気づけられ、励まされます。 最後に、挙げられるキャンサーギフトは、こどもの成長の場面が見られるようになったことです。がんということを伝えたあとの子供は、以前より協力的な姿勢をみせてくれることが多くなりました。家事の手伝いなども以前にくらべ、少しではありますが、積極的にしてくれるようになっています。テレビでがんに良い食べ物などを聞くと、すかさず教えてくれたりしますし、学校での福祉関係の授業も興味を持って取り組んでいるように感じます。ほんの少しではありますが、がんになったことが新しい変化をもたらすギフトになっていると確かに実感しています。 毎年多くの方が新たにがんになり、毎日どこかでがんの告知を受けている方がいて、その人が私と同じようなショックを受け、絶望や、悲しみや、混乱の中にいるとしたら、今後は私自身が経験した体験から、「決してがんになったからといって悲しいことばかりではない、がんになったからこそ得られることもある」という励ましのメッセージを、ぜひ一人でも多くの方に届けていきたいと思っています! 誰でも起こりうる、がんと向き合う期間を一つのライフステージととらえて、その期間をもっと充実して前向きに過ごせるようなお手伝いができたらと願っています。 “私自信は何をしたわけではなく、多くの方が関わってくださり、支えてくださり、医療を提供してくださったことで、再び希望を与えられた体験でした” <太田由貴子さん […]

Common beauty and makeup questions

Makeup artist Debbie Storey gives beauty tips and answers some common questions about makeup after breast cancer treatment. PiNK 2019 Spring pp.24-25 My skin is sensitive and dry. Should I avoid using an exfoliator? You could try a gel exfoliator, which is gentle, won’t irritate your skin and won’t leave it dry afterwards. Apply it […]

Sex After Breast Breast Cancer: The Survey

Over 800 women took Breast Cancer Care’s survey about sex and intimacy after breast cancer. We examined the results. PiNK 2019 Spring pp.22-23 The results are clear: the majority of women (80%) who took Breast Cancer Care’s survey are unhappy with their sex life after breast cancer. When also asked if they were happier before […]

RFTC Japan おすすめコラム Vol.1 

(Japanese Text Only) 【N HEAD WEAR】髪があってもなくても楽しめるファッション&ケアアイテム PiNK 2019年夏号 p.10 RFTC Japan スタッフ渋谷のおすすめ F LINE WINE RED(ワインレッド) 被ればたちまちおしゃれに決まる! 京都・西陣の織屋が織る伝統素材を使用した日本ならではの華のある帽子です♪ 普段のおしゃれにさらに一工夫を加えられます。 RFTC Japan スタッフ鈴木のおすすめ B LINE RED(レッド) 気分に合わせて帽子の魅せ方を変えられる! 外側はあたたかいウール、内側は肌触りの良いコットン。さらに、同じ形のB+シリーズは、春から夏にかけての汗ばむ季節にも被れるコットン素材。どちらも被り心地が気持ち良い帽子です。 POINT 1 オシャレが光る 毎日を心地よく過ごすためのファッションアイテムとしても被っていただけます。 POINT 2 一日中被っていても快適 硬い部分がないため、横になる時や何かにもたれる場合でも、脱がなければならないという心配がありません。 POINT 3 友人や家族でお揃いにしても 帽子を友人や家族と共有したり、お揃いで被って楽しんでみるのもおすすめ♪ N HEAD WEAR の”グッ👍”とポイント ひとつの帽子で、頭髪の変化や気分に合わせてアレンジを楽しめます♪ 3WAYの魅せ方 1. リブの部分を生かして深めに被る 2. リブを折ってアクセントに 3. リブを内側に隠してシンプルに N HEAD WEAR DESIGNER […]

Women and Alcoholism

PiNK 2019 Spring pp.18-19 The child of two alcoholics, Dawn King was never a big drinker. For years she and her hus­band would enjoy an occasional glass of wine, but alcohol just didn’t figure largely into their lives. Then several years ago, stress started creeping into Dawn’s life — and with it alcohol came creeping […]

Getting active with secondary breast cancer

Cancer exercise expert Lizzy Davis gives her tips for getting active if you have secondary breast cancer. PiNK 2019 Summer pp.2-3 Exercise may be the furthest thing from your mind if you’re having cancer treatment. But evidence on the benefits of physical activity for those living with secondary breast cancer (when cancer cells from the […]