女性と飲酒

女性と飲酒

PiNK 2019 Spring pp.18-19

ドーンの両親はともにアルコール依存症でしたが、ドーン本人はそれほどお酒を飲みませんでした。夫婦でたまにワインを嗜む程度で、お酒は生活の中で大きな存在ではありませんでした。しかし数年前、ストレスが増え始めると同時にお酒の量も増え、気がついたときには毎日一人で飲むようになっていました。悩みながらも、正面から向き合うほどの危機感は訪れませんでした。ある日飲み過ぎて気を失い、また別の日にはアルコールによる呼吸困難に陥り、救命救急に担ぎ込まれる事件があるまでは。夫に「深刻な事態に家族も友人も心配している。治療を受けて欲しい」と背中を押され、ドーンは5週間に渡る入院治療を開始します。

あらゆるシーンで“乾杯”する女性たち

ドーンの事例は珍しくはありません。薬物使用と健康に関する全米調査(National Survey on Drug Use and Health)の統計によると、過去数十年間で若い女性の大量飲酒が大幅に増加しているそうです。米国立アルコール乱用・アルコール依存研究所(National Institute on Alcohol Abuse and Alcoholism、NIAAA)は、米国人女性の5%以上がアルコールに関連した問題を抱えていると発表しています。

それもそのはず、お酒を飲む機会が多すぎるのです 。昇進?乾杯しなくちゃ!仕事が大変だった?ワインでリラックスしよう!義理の両親と夕食?まずは飲まなくちゃ!お酒は会話の潤滑剤であり、リラックスしたり、感覚を鈍らせたりする効果があるのです。

女性の大量飲酒の増加は、特に女性の社会的文化においてアルコールの役割が大きくなってきていることを示しています。メディアでは依然として飲酒を魅力的に扱っており、人気米TVドラマでコスモポリタンやマティーニがはやり、人気米誌ではセレブのワイン生活が取沙汰されています。

このような傾向を後押ししているのは何でしょうか?現代文化において女性の飲酒のイメージを取り巻くおしゃれな宣伝広告の根底には、憂慮すべきメッセージがあるのです。仕事、母親業、そして日々の生活に押しつぶされそうになっていて、リラックスするためにお酒が必要なだけでなく、お酒を飲んで当然だ、というメッセージです。

女性の飲酒を当然の権利とする考え方は、子供の昼寝の時間を新しいハッピーアワーと名付け、ワイングラスを「ママのマグマグ(蓋付きの幼児コップ)」と呼んだり、「ママはカクテルが必要なの」というような新しいキャッチフレーズやソーシャルメディアへの投稿などを見れば明らかです。賢明な広告代理店は、飲酒文化が女性化しているトレンドに焦点をあて、アルコールの消費者として女性が持つ力を認識し、マーケティング・キャンペーンを通してその客層に切り込んでいるのです。

ワイン協会によると売上の57%を女性客が占めており、ワインの銘柄に「カップケーキ」、「ママのジュース」、「夜の女子会」などといった名前が見られるようになってきたのはその表れなのかもしれません。女性とお酒はきらびやかで格好よく描写されていますが、このような傾向を後押しする背景には、飲酒量がどんどん増え、飲み過ぎている女性もいるという憂慮すべき事実もあるのです。

多くの女性は大学生の頃にお酒を常飲するようになり、就職し、家族を持ってもその習慣は続きます。飲酒量が多すぎる女性は、多くの場合、多忙な専門職を持ち、かつ子供がいることが多いようです。学位を取得している女性の方が、取得していない女性と比べて毎日お酒を飲む可能性が2倍も高いのです。さらに、女性は男性よりも鬱症状や不安症に悩まされる可能性が2倍多く、同時に発症するこの2つの症状は、アルコール依存症との関連が指摘されています。

アルコールは合法的で、社会的にも許容されています。もちろん、アルコール自体が悪いわけではありませんし、量をわきまえて飲酒できる人もいます。なぜ、いつ、飲むのか、そして飲む量に気をつける必要があるでしょう。

アルコール依存症とは?

アルコール依存症を定義するのは難しく、症状を表す言葉でさえいくつも存在します。以前は依存症の初期段階をアルコールの乱用と表現し、症状がひどくなった場合にアルコール依存症と言われていました。「精神疾患の診断と統計」(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, DSM-5、2013年出版)では、 2つの言葉を組み合わせ、アルコール乱用障害と表現しています。アルコール乱用障害の程度は、軽度、中度、重度で分類されます。とはいえ、同じ疾患に新しい名前がつけられたに過ぎません。

重度のアルコール乱用障害(またはアルコール依存症)の場合、アルコールに対する渇望、コントロールが利かない、依存性、耐性、などの症状が特徴として出現します。重度のアルコール乱用障害の人は、仕事や家族との時間を犠牲にしながら、飲酒しているか、酔いを醒ましているかをしている時間が多くなります 。アルコールに対する耐性が上がるにつれ、今までと同じ効果を感じるために、より多くのアルコールを摂取しなければならない場合もあり、飲酒をやめると禁断症状が表れることもあります。反対に、軽度のアルコール乱用障害の人は、物理的にお酒に依存しているとは限りませんが、アルコールが仕事や家族に対する責任の妨げとなったり、法律問題や社会的問題に直面したりすることもあるでしょう。軽度のアルコール乱用障害は、時間とともに重度に発展することがあります。

NIAAAの治療および回復研究部門(Division of Treatment and Recovery Research)の健康科学担当者デイドラ・ローチ医師(Deidra Roach、MD) は「この病気に悩まされる人は道徳的に欠如している、または弱いと批判されがちですが、遺伝が非常に大きく関連しています。一般的な障害であり、複雑な病気です」と説明します。

ローチ医師は、最新の研究で少なくとも26の遺伝子がアルコール乱用障害のリスクを高める可能性があることが分かったと言い、「研究結果によれば、アルコール乱用障害のリスクの約半分が遺伝子要因で、残りの半分が環境要因です」と言います。

遺伝がもたらすリスクを過小評価してはいけません。片方の親がアルコール依存症の場合、子供が同じ障害を持つ可能性は50%もあるのです。両親ともに依存症の場合、そのリスクは75%にもなります。これほどの高確率リスクを見れば、家族にアルコール依存症の人がいる場合、お酒は飲まないことが賢明でしょう。

心的外傷も起因する複雑な病気

アルコール依存症におけるキーワードは、病気です。「良い人間/悪い人間の問題ではありませんし、意志の問題でも、道徳的な問題でもありません。病気なのです」とウィスコンシン州で薬物乱用の認可臨床カウンセラーをするダイアン・サリバンCSACは説明します。ほとんどの人が完全に回復するものの、慢性的で再発することもあり、一生この病気を抱えて生きていくこともあります。さらに、進行性があり、徐々に増えていく飲酒量が、気がついたら増え過ぎていたという事態になっていることがあります。

遺伝子以外には、不安感、鬱、心的外傷も要因となります。アルコール乱用障害のある女性の少なくとも75%は何らかの心的外傷を抱えているとダイアンは指摘します。

母親の依存症が原因で、ドーンは14歳の時から1人で生活してきました。学校を中退し、生活するために仕事を2つ掛け持ちしたと言います。この経験は彼女を抵抗力のある、強い女性に成長させましたが、同時に深い傷も残しました。「アルコール依存症患者の多くが不安な環境や心に傷を受けるような環境で生活していたということを治療現場で知りました。私はかなり若い時期に不安な環境にいたため、過度に用心深くなりました。進行する深い不安感を紛らわすためにアルコールに助けを求めてしまったのでしょう」とドーンは言います。

アルコールの影響

アルコールの影響をほとんど受けることなく、控えめに、または適度に飲酒することができる人もいますが、アルコール乱用障害を持つ人にとっては深刻な身体的/精神的影響を及ぼすことがあります。

大量飲酒は身体の炎症の増加と関連づけられています。慢性的炎症は食道炎、胃炎、膵炎やアルコールによって引き起こされる肝炎などのより深刻な弊害へと発展することがあるのです。炎症は肝臓の瘢痕化(はんこんか)や萎縮につながり、肝硬変を引き起こし、肝臓の機能に異常をきたします。

慢性的な炎症は、頭頸部がんや肝臓がんのリスクを高めると考えられています。また、女性の場合は、適度な飲酒量であっても、全くお酒を飲まない女性と比べると乳がんのリスクが高まることに留意しましょう。“1日に1杯のお酒を飲む女性は全く飲まない女性と比べて乳がんのリスクが10%高まる”とローチ医師は言います。

その他にもじわじわと身体に与える影響もあり、また大胆で危険を伴う行動をする傾向も高まります。例えば、避妊をせずに性交し、その結果HIVを含む性感染症にかかるリスクが高まるなど、です。その上、アルコールはHIVの進行を早めるとローチ医師。

また、アルコールはさまざまな精神的な傷を残す可能性もあります。より重度の鬱や孤独感との関連性が指摘され、行動が不安定で法律上のトラブルになったり人間関係がこじれたりすることもあります。

アルコール依存症の治療法

治療というと嫌な響きかもしれませんが、希望があります。「アルコール乱用障害を経験するほとんどの人は、症状が軽く、自己回復します。しかし、慢性的で繰り返し発症する場合には、治療が非常に有効です。外来治療で効果が得られる人が多いですが、集中できる入院治療を選ぶ人もいます。12ステップからなる治療プログラムを利用する人もいます。」とローチ医師。

ダイアンは、お酒が飲みたくなる気持ちに対し、思いとどまる手段を与えることが成功のカギだと言います。まず、病気について理解してもらい、兆候や症状に気付ける教育から始めます。治療には、認知行動療法など、複数の方法があります。鬱や不安症など、他に併発している症状がある場合、その治療も同時に行われます。

「この病気は再発する傾向があることが特徴です。完治法はありませんが、うまくつきあっていく方法を教えることはできます」とダイアンは説明します。最も大切なことは教育です。さらに回復に重要な3要素を挙げています。他の女性と協力体勢を築く、日記を付ける、そして何らかの精神性と結びつくこと。病気を克服することができる女性は何らかの精神性を見つけ、毎日の生活に取り入れた人たちです。日記に気持ちや考えを書きとめることで、一定のパターンを見つけることができます。パターンを理解することで、後手に対応するのではなく、先を見越して行動を起こす助けとなるのです。

ドーンにとって治療は自分を顧みる良い機会となりました。14歳だった頃の自分を思い返してみると、母親が出て行ったアパートを維持するために必死に働き、「生きていくためにしなければならないことをしていた」と言います。専門家には、心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断されました。診断を受け、ドーンは新しい対処法を学ぶことになったのです。

「実は治療プログラムは渡りに船でした。過去の感情と向き合い、過剰な用心深さを排除し、深い潜在意識にある記憶を捉え直すことができたのです」ドーンは全てを中断して回復することだけに集中できるよう、入院治療を選択しました。「自分が誰なのか、依存症と自分の関係は何なのかを自問する、精神の旅でした。今まで感じたことがない心の落ち着きを感じ、安定し、精神的に導かれています。やっと自分自身になれた気がします。50年間成長し、学んできて、やっと本当の自分に戻れることができたのです」

状況を変える

女性とアルコールの関係に対する意識が高まるにつれ、世論も変わってきています。ドーンは依存症についてオープンに話すことで、この病気が恥ずかしいものではないという認識を広めることを決意しました。「依存症は誰にでも起こりえるもの。私は有能な人間でしたがアルコール依存症でした。依存症には、否定したり内密にしたりする傾向、そして羞恥心がつきまといます。烙印を押される感があるため、助けを求められない人が多いのです」

ダイアンは、啓蒙と意識向上がこの状況を変えてくれることを願っています。「これは病気です。がんや糖尿病の患者に、病気をやめなさいという人はいません。しかし、依存症の人は日々そう言われます」

アルコール量ガイドライン

女性にとってリスクが少ない飲酒量(NIAAA推奨)

  • 1回につき3杯以下
  • 1週間に7杯以下

低リスクでいるためには、両方を守ることが推奨されます。このガイドラインを超える量を飲酒している女性は、リスク有りまたは大量飲酒であると見なされます。

お酒を飲み過ぎているかも?

CSACのダイアン・サリバンが設定する次の項目を自問してみましょう。

  • 飲酒に関係することで文句を言われたことはありますか?
  • アルコールのために大切なものを手放した(やめた)ことはありますか?
  • お酒を飲んでいるときに時間の感覚を失い、話した内容や、行動の記憶を失ったことはありますか?
  • 飲酒が毎日の生活に影響を及ぼしたことはありますか?仕事の業績に影響が出たことはありますか?
  • 飲酒について、誰かに言われた言葉に腹が立ったことはありますか?

健康的な習慣

アルコール依存症に苦しんでいない人も、良識的な飲酒を心がけましょう。(NIAAA推奨)

  • カクテルなどのアルコール含有量を知る。分からなければ、バーテンダーに聞きましょう。予想の2〜3倍のアルコールが含まれていることも多くあります。
  • 1時間に1杯というペースに留め、間にノンアルコール飲料を挟み、飲酒の間隔を開けましょう。
  • 空腹で飲まない。胃に食べ物が入っていると、アルコールの吸収が遅くなります。
  • 飲んだら運転しない。例外はありません。運転してもよい量、なんてありません。
  • 大量飲酒に注意。

「1979〜2006年にかけて若い女性の大量飲酒が増加しましたが、近年その傾向が横ばいになりつつあるという望ましい結果が報告されています。しかし、依然として若い女性の暴飲率は非常に高い(30%という調査結果も)」とローチ医師。酔うまで飲むことが大量飲酒と見なされます。平均的な女性は、2時間で4杯ほど飲むと酔うとされています。



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