転移性乳がん – 進歩と希望

転移性乳がん – 進歩と希望

from PiNK SPRING 2017 p.18-21


がん治療が個別化医療の新時 代に突入し、転移性乳がん (MBC)と診断された患者にとって、進歩と希望は新しい標語となりました。MBCを抱えて生きる多くの患者は、生活の質を維持しながら、1日 1日を送ることに集中して日々暮らしていますが、新しい治療法によって長期的な生存が可能になっていることも理解しています。

転移性乳がんとは、乳がんから発生したがんが肺、肝臓、骨など、身体の他の部位に広がった状態を指します。MBC患者の大半は、早期ステージのがん診断をすでに受けたことがあり、MBCは再発で診断されることがほとんどですが、初期診断で進行した乳がんとしてMBCと診断される患者もいます。

MBCと診断された患者の多くは、今まで完治しないとされてきましたが、高精度医療が進歩し、個々のがんの特性に合わせた治療法が開発されるにつれ、長期生存率とQOL(生活の質)が改善されてきています。また、幅広い研究が行われており、MBC患者にとって、より個別化された治療法が提供されることが期待されています。

進歩

従来、MBCと診断されるということは、予後が悪く、主として抗がん剤と放射線による治でひどい副作用に苦しみ、QOLが低くなることを意味しました。MBC患者にとって抗がん剤治療と放射線治療は今でも重要な治療ではありますが、その内容も改良され、副作用を軽くするための補助的なケア体制も大きく改善されています。

MBC患者の生存とQOLの改善に最も大きく貢献したのは、新しい治療法の開発です。とりわけ新世代のホルモン療法、標的療法、特定の治療法に反応するかどうかを患者のがん細胞を使って検査すること、そして複数の治療法を続けて受けることができるようになったことで、MBCの治療方法は大きく変わりました。

現在では、MBCと診断された患者の4分の1以上は、5年以上生存できるようになり、 その中には10年以上生存する人もいます。さらに、新しい治療法がどんどん出てくることで、生存率とQOLは今後も改善されていくと思われます。

希望

中学校で理科を教えている 歳のジオルジ・デルガジロは、2011年にステージIの乳がと診断されたのち、2013年にMBCの診断を受けました。さまざまなMBCの治療を受けたのち、ジオルジは絶望的な告知をされます。彼女が患っているがんに有効だとされていた最後の治療法が効かなくなってしまったというのです。彼女にはもう治療の選択肢が残されていませんでした。

幸いにも、それから1週間も経たないうちに、新しい標的療法の薬剤であるパルボシクリブ PalbociclibPalbociclib(イブランス®︎Ibrance®︎)がアメリカ食品医薬品局(U.S. Food and Drug Administration)によって認可されました。この薬は、シオルジが患っている種類のがんに対する治療薬です。 ジオルジは、すぐにパルボシクリブの投薬を受け、効果も見られました。直近の検診では、がんが寛解しているとがん専門医に言われたそうです。

MBCの新薬や新しい治療法で開発後期の段階にあるものも複数あるため、ジオルジは自分のがんがパルボシクリブに反応しなくなっても、次の治療法が出てくる可能性が高いと前向きに考えています。

ファミリー・レジデンシー・オブ・アイダホ(Family Residency of Idaho)の臨床医であるへザー・ニコルスも同じように考えています「がん治療は今後もがんの遺伝子特性、分子マーカーなどに基づいて個別化が進み、がんの治療の選択肢は大きく広がる時代を迎えると思います。一緒に仕事をしている研修医たちが卒業して数年経った頃には、今とは治療のアプローチも大きく変わっていることが予想されます」

MBC…特殊な乳がん

早期の乳がんの治療は、完治が目標です。非常に初期の乳がんを患う患者の完治率は95%です。早期に発見された乳がんの治療が終わった時、ジオルジは担当医から「これでもう終了ですよ」と言われました。がんは消えたと誰もが思っていたのです。

「もう乳がんとはさよならできたと、この時点では思っていました。早期乳がんと診断されたとき、どんな治療も受けるつもりでいました。がんをすべてやっつけて、人生を生きるのだ、何でもかかってこい、と思っていたのです」 とジオルジは言います。

MBCの診断は、早期乳がんの診断とは異なる性質のものです。早期乳がんのように辛い治療を耐えてがんを排除したからと言って、また普段の生活に戻れるわけではありません。転移性乳がんの場合は、状況が異なるのです。MBC治療の目的は、完治ではなく、QOLを高めながら生存期間を延ばすことにあります。 早期乳がんは短距離走、MBCはマラソンに例えられることがあります。

通常MBCに対する治療は、連続的に行われます。MBCの初期治療は、一次治療と呼ばれています。一次治療ががんに効果的で、患者もその治療に耐えうる場合、病気が進行しない限り、同じ治療を継続します。がんが進行したら、 二次治療に切り替え、さらに進行したら、次の治療へと移行していきます。MBCの患者はこのように、複数の治療法を受けていくことも珍しくありませんが、治療に対するがんの反応や 患者の副作用によっては、次の治療法に移るま でに1つの治療法を数カ月あるいは数年間続けることもあります。

ずっと治療を受け続けるという認識に基づき、MBCの診断を受けた人は、新たな観点に基づいて人生の優先順位をつけたり、目標を設定したり、治療法を決めたりするようになります。「MBCの治療のゴールは完治ではないだろうということを理解しているので、私は量より質を選びました。早期の乳がんを治療したときのように、抗がん剤治療を受けて辛い副作用に 耐えるという選択はもうしません。早期乳がんを患っていたときとはまったく考え方が異なるのです」とジオルジは説明します。

MBC患者は、自分や大切な人にとって何が重要かを見極める時間を設け、それに基づいて治療のゴールを決めると良いだろうとニコルズ医師は言います。ゴールは人によって違うため、医療提供者と相談し、できる限り患者の希望に沿った治療が提供できるようにするべきです。また、治療の途中で起きた変化を受け入れられるだけのフレキシブルなアプローチが双方に必要だとニコルズ医師は付け加えます。「病気と闘う中で、治療のゴールが変わることもあります。人それぞれですが、ゴールが変わったり、不安なことや希望があったりしたときは、医療提供者と相談して、必要な調整を行うといいでしょう」

個別化療法

MBCの治療は、個別化が非常に進んでおり、患者がそれまでに受けた治療、がん以外の健康状態、治療に求めるもの、閉経しているかどうか、がんの転移先、がんによって発現している症状、がん細胞の性質など、さまざまな要因によって治療法が決定されます。最適な治療法を決めることができるため、治療前にがん細胞の検査を行うことが重要です。乳がん細胞のホルモン受容体(エストロゲン受容体とも言われる) とヒト上皮増殖因子受容体2(HER2)の検査は最低でも行うといいでしょう。

乳がんの大半はホルモン受容体(HR)が陽性で、これは女性ホルモンであるエストロゲンによってがん細胞が成長することを意味しています。その仕組みはさまざまですが、がん細胞がエストロゲンの影響を受けないようにする薬剤がいくつかあります。この種の療法はHR陽性のがんの生存率を大きく改善するもので、単独でも他の薬剤と組み合わせて使用することも可能です。

・乳がんの約20〜30%がHER2陽性です。これは、がん細胞にHERタンパクが過剰に存在することを意味しており、それが原因でがん細胞が異常に増殖します。いくつかの薬剤は、HER2タンパクが多すぎることによって引き起こされるがん細胞の成長促進を阻害し、患者の生存率を大きく改善することができます。
・HRとHER2が陰性のがんは、トリプルネ ガティブ乳がんと呼ばれます。

MBCの治療法として認可されているもの

抗がん剤治療

抗がん剤治療は、MBC患者の多く、とりわけトリプルネガティブ乳がんの患者にとって、今でも治療の重要な要素を占めています。治療に使われる薬剤は単独でも、他の抗がん剤治療の薬剤と組み合わせても使えるほか、ホルモン療法や標的療法との併用も可能です。

放射線治療

放射線治療は、がんの大きさを縮小させるために特定の部位を狙って照射します。患部の痛みのコントロールにも役立つとされており、ほかの治療法のほとんどと併用できます。

ホルモン療法

ホルモン療法は、がん細胞がエストロゲンの影響を受けないようにする治療法で、HR陽性の乳がんに対して使われます。ホルモン療法には複数あり、それぞれが異なる仕組みによって効果を生み出しています。閉経前の女性と閉経後の女性とでは使用するホルモン剤が異なります。閉経前の女性の場合、エストロゲンを生成する卵巣を取り除く手術をするケースもあります。

標的療法

標的療法に使われる薬剤は、がん細胞の成長の原因とされる経路を減少させたり、ブロックしたりするために使われます。現在はHER2陽性のMBC患者のHER2経路を阻害するための標的療法が提供されています。

高精度医療の定義は、未だ正式に決まっておらず、現時点ではさまざまな意味で使われています。一般的には、患者やがんの性質に基づいて個別化された治療法を指し、現在、幅広い研究が行われている分野です。

臨床試験

MBC患者で治療の選択肢がなくなってしまった人や受けることが可能な治療法では希望するQOLが提供されない場合、臨床試験に参加することもできます。「副作用のためにその治療を受けないことを 決断した患者や、他に治療法がない患者にとって臨床試験に参加できる場合があります。治療を受けているがんセンターで行われている治験について担当医に相談するといいでしょう。もし臨床試験が行われていないセンターで治療を受けている場合、興味があるなら臨床試験が受けられる医療機関へ紹介状を書いてもらえるかどうか、問い合わせることをお勧めします」とニコルズ医師は言います。

同医師によれば、全国のがんセンターでがんを攻撃するために免疫機能を刺激し、病気の遺伝学について理解を深めるような個別化医療に特化したMBCの臨床試験が行われているとのことです。「自分に適した臨床試験を見つけるのに時間はかかるかも知れませんが、患者さんによっては有効な選択肢の1つ になることもあります」

ソーシャルメディアで自らの臨床試験の体験を共有する患者も多く、CancerConnect.com など、がん患者専用のソーシャルコミュニテイもあります。

患者の声

MBC患者を対象に10年にも及んだ世界的な調査では、重要な問題がいくつか特定されています。MBCの診断を受けたことだけでなく、完治することがないという事実に打ちのめされる人がほとんどです。調査に参加した患者は、いつがんが進行するか分からない、治療法があるか分からない不安を打ち明けています。自分の人生なのに、自分では何ともならないという喪失感、仕事、経済的安定、 家族を支えられるのか、日常生活は送れるのか、将来を計画できないなど、さまざまな側面に影響を及ぼすのです。

調査結果では、患者は自分の病気や治療の選択肢について理解を深めることで、無力感や不安感を大きく軽減したいと願っていることがわかりました。

同じ病気と闘う他の患者と交流することで 安心感を得ることができるということもわかりました。MBCを患ったことで感じる疎外感を軽くするだけでなく、新しい治療法や治験の見つけ方、副作用の対処法などの情報収集に役立つほか、他の人と気持ちを分かち合えるということを理解し、ほかの患者からお勧めの専門医を教えてもらうこともできます。病院でも定期的に集まる支援グループが設けられています。インターネットの支援グループも、ソーシャルネットワークとして非常に患者の役に立っていることがわかりました。

未来

ジオルジはご主人と2週間のフランス旅行に行く予定です。去年は娘さんたちとハワイに行きました。ジオルジの未来はどうなるのでしょうか?彼女は、できればまた教壇に立ちたいと願っています。彼女はMBCをとおして学んだことがあると言います。

「人はそれぞれどのように生きるかを選ぶことができます。直面した状況にどう対処するのか、どのように毎日を過ごすのか、ほかの人との関わり方、一瞬一瞬をどう生きるのかは個人の選択なのです。たまにはこんな自分が惨めだと感じて落ち込むこともありますが、 笑って過ごし、未来に期待を持ち、毎日を質の高いものにするのだと決めています」

がん治療は絶え間なく進歩しており、MBCの予後も改善されています。ジオルジが未来に期待し、毎日を質の高いものにするよう心がけることは、良い選択肢だと言えるでしょう。



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